美術的要素のある作品を作るとき、手(技術)が必要なのは言うまでもないでしょう。それと同じくらい重要なのが眼(観察眼・審美眼)だと思います。手が素晴らしくとも、眼が進歩していなくては自分の作品のどこが未熟なのかが判断できません。素地が綺麗につくられていて素晴らしくても、美的な評価ではつまらない・面白味のない作品はたくさんあります。
陶磁器に限っても国内・国外問わず多様なやきものがあります。それぞれの美意識によって作られたやきものは後に伝統的という冠が付与されます。しかし、真にそれを尊重し、リスペクトして作られているならば美に境界はないのではないか思います。
それを理解するためにも、眼を鍛えていかなくてはいけません。眼を鍛えるにはやはり先人が行ったように本物を見る・触る・使うでしょう。それも後者になればなるほど良いと思います。
高度な眼と手を得たときに初めて名品を生み出せるのではないでしょうか。
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